日本競馬史上ただ1頭、地方から中央を制した馬 ~メイセイオペラ~

今年最初のG1、フェブラリーステークスがやってきます。みなさん、フェブラリーステークスといえば、どのレースを思い浮かべるでしょうか。

・・・と、まあ普段でしたらここから過去のレースから紹介するのですが、今週は事情により去年の動画(youtubeで500再生越え、本当にありがとうございます!)を、さらに細かい内容を付け加えつつ、文字に起こした記事を作成させていただきます!

動画の方は10分といい感じの時間でまとまっていますので、よろしければこちらもどうぞ!(というより、むしろ動画の方がいい感じにまとまっている気がします!)

【競馬】メイセイオペラのこと、どれだけ知ってる?
2019年の動画ですので、今週のレース紹介は現在とは異なります。

1999年 フェブラリーステークス

英雄は東北から来た。
日本競馬ただ1頭、地方から中央を制した馬。

栗毛の来訪者。

時代は外から変わっていく。

2013年 JRA CM TheLegendシリーズ

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生まれ

メイセイオペラ(栗毛)
1994年6月6日生まれ

父 グランドオペラ
母 テラミス(母父 タクラマカン)

母テラミスは繁殖入りの際には引き受け先に苦労し、父グランドオペラが付けられた理由も「種付け料が安かったため」と、この馬の生まれた背景は決して良いとは言えないものであった。

デビュー(1996年7月)~

生まれた当初は体も小さくて競走馬になれるかすら分からなかったが、育成者の努力によって立派に育つ。
その成長はすさまじく、中央競馬に入厩させることも検討されたが、水沢競馬場(岩手)の調教師が懇願したことにより、水沢競馬場での入厩が決まった。

1996年7月27日に盛岡競馬場でデビューし、そのレースで逃げ切り勝ちを収める。
その後はなかなか勝ちきれないレースが続くも、2歳の終わりごろから連勝を重ね、2歳時の戦績を「8戦4勝 2着1回」で終える。

3歳時(1997年)~

2歳の終わりからの連勝の勢いそのままに、3歳でも東北ダービーと不来方賞の重賞2連勝を重ねたメイセイオペラは「岩手の怪物の再来」(初代はトウケイニセイ)とも言われるようになった。

そして次はいよいよ3歳ダート三冠(ユニコーンステークス、ダービーグランプリ、スーパーダートダービー)に挑戦というところで、運が悪かったら競争生命が絶たれてしまうような頭蓋骨骨折というアクシデントに見舞われ、ユニコーンステークスを回避。

故障から復帰し、地元で開催されるダービーグランプリと続くスーパーダートダービーには出走したもののどちらも10着と敗れてしまうが、
次の大晦日に行われた地元のレース、桐花賞では古馬相手に勝利して復活を見せる。

4歳時(1998年)~

4歳となったメイセイオペラは、積極的に遠征に出ることになる。

年明け初戦は川崎記念に出走するも、船橋競馬所属の当時の地方最強馬「アブクマポーロ」の前に結果は4着。
その後は打倒アブクマポーロを掲げ、トレーニングセンターで自身の強化を図った。

メイセイオペラの馬体は本格化を増し、5月に開催されたシアンモア記念を6馬身差の圧勝。
そして次の帝王賞で再びアブクマポーロに挑むも、3着と敗れてしまう。しかし、その差は確実に詰まっていた。

地元のレースであるマーキュリーカップで初のダートグレード競争を制すると、次の地元開催の統一G1マイルチャンピオンシップ南部杯ではアブクマポーロ相手に勝利し、初のG1勝利を収めた。
しかしこの南部杯でのアブクマポーロは輸送の影響で本調子ではなかったようで、次の東京大賞典ではアブクマポーロの2着と再び敗れてしまう。

5歳時(1999年)~

年明け初戦は、ライバルであるアブクマポーロが川崎記念に向かうこと、距離実績と勝負付けの済んだ相手が多かったことから、フェブラリーステークスが選ばれた。

レースでは、好位に付けたメイセイオペラが残り200mほどで直線に立つと、そのまま後続を2馬身離して勝利。
これにより、現在でも中央競馬史上ただ1頭の「地方所属馬が中央G1を制した」馬になったのである。

(地方出身馬が中央に籍を移して勝利する例は存在していたが、地方所属のまま勝利することは歴史的な勝利であった。)

その後もメイセイオペラは快進撃を続け、G1の帝王賞を含む4連勝する。
しかし球節炎により南部杯を回避。またほぼ同時期に、ライバルのアブクマポーロが浅屈腱炎による引退を発表。結果として、1年前の東京大賞典が最後の対決となった。

故障明け、年末の東京大賞典では11着に敗れてしまう。

6歳時(2000年)~

連覇を狙って出走したフェブラリーステークスに出走するも、前年の故障による調整不足により4着と敗れ、帝王賞でも14着と敗れる。

その後の地元重賞のみちのく大賞典で3連覇を果たすも、その後の左前脚浅屈腱炎を発症して引退、種牡馬入りすることになる。

引退後

引退後はレックススタッドで種牡馬入り。初年度は84頭に種付けするというような人気っぷりであったが、年々種付け頭数が減少。
しかし、韓国に輸出された産駒がすべて勝ち上がったことから、韓国生産者からの熱烈な要望により韓国への輸出が決定した。

韓国では2010年に初年度産駒がデビューし、2011年にはKRAマイルカップ(日本でいう皐月賞に当たるレース)勝ち馬を輩出している。

今年のフェブラリーステークス

今年のフェブラリーステークスには、ちょっと勝ちまでありそうな地方馬が多くいますね!(ノンコノユメが勝ったら、なんかちょっとズルくない感がある気がするのだけど・・・笑)
また、芝の重賞馬が多数出ており、なにやらダート界も革命、革新の時期なのかな?と思わせるようなメンバーが集まっているのが非常にワックワクです!

今年のフェブラリーステークスは、馬券的にはちょっと難しすぎるかもしれませんが、見る分にはさいっこうに楽しそうなレースなので、見逃せませんね!

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